船舶の省エネ装置・プロペラボスキャップフィンズ

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    船舶への風力利用の近代化

    船舶への風力利用の近代化

    田中 良和(商船三井テクノトレード株式会社 専務取締役)

    1.はじめに

    本コラムは、月刊共有船2020年7月号向けに書いた記事を編集して作成しています。別コラムで、現在の就航船の推進に使っているエネルギー消費を減らす取り組みをご紹介しました。本コラムでは風力利用の近代化について紹介します。

     

    船舶において風力利用が見直され、近代化への取り組みが始まった背景の1つに素材技術の進化がある。複合材や炭素繊維など軽量・強靭な素材の登場で、風を受ける帆や凧の技術的な選択肢が広がっている。また情報技術や制御技術の進化も大きく寄与している。ウェザールーティングや航路解析技術、帆の自動制御などによりきめ細かく帆のコントロールが出来、風を効率的に推進力に変えることができるようになっている。
    現在、開発が進められている風力推進装置には、昔からの軟質帆のほかに、硬質帆やローター式、凧牽引式などさまざまな形がある。GHG(温室効果ガス)削減効果は船種や推進方式、航路、季節、天候などで変動するが、条件が重なれば外航船で20%以上の削減が可能との試算もある。内航船は外航船と比べて、主機馬力が半分以下の場合が多く、主機出力に比べ風力利用の比率が大きくなるので、出力削減効果が期待できる。一方、デッキエリアは風力利用可能なスペースがある船も多くあるので、相対的に風力の価値は倍以上になる。つまり外航船で20%の削減が可能とすれば、内航船では40%の削減が可能なことを意味する。

     

    2.風力推進の特性について

     

    2.1 風力推進の原理

    風力推進というと帆掛け船で追い風しか利用できないと思われるかも知れない。

    図1に航空機の翼のメカニズムを示す。図6の横風の時の帆の推力図がほぼ同じ状況を示している。船舶の最新の風力利用の基礎的なメカニズムは航空機の翼と同じであることをご理解いただきたい。

    とりわけ、真横風はエンジン船では、斜航や当舵が生じ燃費悪化の要因となるが、帆を使えば前進力に転化できる。

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    図1.風と翼と揚力の関係

     

    図2に練習帆船の日本丸とDar Mlodziezy号の性能を表すポーラー線図を示す。円の半径は、風速の何割の船側が出るかを示し、最外側は風速の半分の速力が出ることを示す。また、横風と斜め後ろ風が最も効果的であることを示している。痩せ型船型のD.M.号は風向が80度~130度ぐらい迄、風速の6割程度の速力が出る。30kt(約15m/s)の横風で18ktの船速が出ることになる。追い風は自身のスピードで相対的に風速が弱まる為、一般的に考えられているほど効かないことも示している。

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    図2.練習帆船のポーラー線図

     

    2.2 風力推進船の省エネ性能

    内航海運においては、航路と季節風をマッチングさせることができれば大きな省エネ効果が期待できる。

    1986年に船舶整備公団(現JRTT)が実施した調査によれば、帆走システムを有する4隻の新愛徳丸・愛徳丸(699GTタンカー)、扇蓉丸・日産丸(699GT貨物船)の3年間の運航実績調査解析の結果、帆による馬力利得は全航海平均で夏季10%弱、冬季20%弱であることが報告された。

    これらの内航船は、オイルショック後の燃料費が高騰した約40年前に建造されたものであるが、その後燃料費が再度安値で安定した為に普及に至っていない。

    が、現代の最新技術を駆使し、改善を加えれば、風力利用内航船の普及は可能と思われる。

     

    3.風力利用の近代化

     

    3.1 船体形状を翼にした船型

    斜向風が来た時に船体を翼として揚力(主に前縁推力)が発生する原理を利用し、推力を最大化する最適な形状を紹介する。商船三井、三井造船昭島研究所と当社は風エネルギーを推力に変換する図3の下図のPCCを開発している。これについては別コラムが有るのでご参照頂きたい。

    図3で上の現行船は風圧により大きな抵抗が生じているが、下の改良型は船体周りの流れが格段にスムーズになっており、風による抵抗は少なく、特に船首右舷側の流れが速く(クリアに船体が見えている)、その結果大きな負圧域が生じて抵抗ではなく推進力が出ている。

     

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    図3.圧力分布図(上現行、下改良型)

     

    3.2 ハードセイル(硬翼帆)

    日本で研究された硬翼帆は、東京大学が中心となり産学連携で進めた次世代帆走船ウインドチャレンジャー・プロジェクトがある。図4は実験用に作った1/3モデルの上下伸縮式帆で、FRP製の硬翼帆を使用した。

    硬翼形状であるのでヨットなどの軟帆と比べて風を推力に変換する効率に優れる。

    その後、同プロジェクトを商船三井と大島造船所が発展的に引き継ぎ、実装に向けて検討を進めている船が図5に示すバルカーである。

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    図4.伸縮式の帆の1/3実験帆

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    図5.バルカーに装着した伸縮式帆

     

    図6は帆の運用方法で正面風は完全縮帆して帆を風に立て抵抗を減らす。その他の角度は推力が得られるように角度調整を自動で行う。縮帆と展帆も風向風速とマスト基部の応力などを計測して自動で行う。

    10万トンのバルカーに一本の帆を装備しシミュレーションした結果では、日本・豪州東岸航路で平均約5%の省エネ効果が、日本・北米西岸航路で平均約8%の効果がある。

    図6.風向きと帆の運用方法

     

    他の硬翼帆では、Wallenius Marine社(Becker社)が折り畳み式の帆を搭載したPCC(図7)を22年以降実現することで検討中である。縦に2つ折りで、全体に倒して格納も可能な方式である。

    日本のエコマリンパワー社は、図8に示すように比較的高さの低い硬翼帆を多数立て、硬翼帆表面に太陽電池パネルを張付ける方式を開発している。

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    図7.硬翼帆を装備したPCC

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    図8.Aquarius エコシップ

     

     

    3.3 ソフトセイル(軟帆)

    ソフトセイルも改良が加えられている。図9はDKSTRA N.A.社の前兆106mの大型ヨットで2018年に就航している。軟帆であるが、翼形状のフレームに沿って展張されるので硬翼帆に近い性能が出るものと思われる。最高速度は17Ktとの事。

     

    図9.DKSTRA N.A.社の大型ヨット

     

    3.4 ローター・セイル

    デッキ上に円筒型のローターを垂直に搭載し、円筒を回転させ風を受けてマグヌス効果で推進力を得る「円筒型帆」も普及しつつある。野球のボールが回転によってカーブする原理と同一である。図10ご参照。これについても別コラムが有るのでご参照頂きたい。

    フィンランドのNorsepower社の円筒型帆が、フェリーやRORO船、プロダクト船などに搭載されている。

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    図 10.ローター・セイルの原理

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    図 11.実船装着例

     

     

    3.5 カイト(Seawing)

    凧の活用も検討が進んでいる。Airbus社傘下のAirseas社がカイトシステムを開発し、川崎汽船が1000㎡のカイトをケープサイズ・バルカーへの搭載を決めた。(図12)風は高度が増すに従い風速が早くなるので、高高度の風を受けることで、20%以上のGHG削減がもたらされるとのことである。またカイト型は、運航中の展開や回収も課題になるが、展開と回収は船首のマストを使い自動で行う設計になっている。カイトは8の字を書き大きな旋回を行い高速で移動する。その速度で凧を翼として受け働かせ大きな推力を得る。

     

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    図12.Seawing(カイト)

     

    3.6 サクションウイング

    現在の帆は大なり小なり翼の原理を使っている。翼の背面は表面の流れが高速になり、翼の後端で流れが乱れ剥離することがある。航空機では失速と言い、揚力が低下して危険な状態になることもある。

    これを防ぐため翼の後端で吸い込み口を

    設ける工夫がなされることがある。(図13参照、40ftコンテナに入れ子で格納できる)この原理を利用したサクションウイングも実用化に向け実験が進んでいる。

    図14はEconowind社の2本の帆を設けたサクションウイングユニットを船首楼に取り付けた例である。

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    図13.サクションウイングの原理

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    図14.サクションウイングの装備例

     

    4.今後の課題

    風力利用の短所は文字通り「風任せ」となることであり、予報や解析技術を活用しても限界はあり、航行スピードが落ちてリードタイムが伸びる可能性がある。完全風力船を実用化するとなると、定時運航は難しくなるため事業モデルの転換が必要となる。このため実際には、エンジン推進と併用して補助的に使用することが現実的となると考えられる。また風力をエネルギー効率設計指標(EEDI)に算入するための制度の整備も必要となる。

    表1.風力利用方式の比較

     

    表1は、3章の主要な風力利用システムのPROS&CONSをまとめたものである(バッテリー船は参考に記載した)。また、風力利用とバッテリー利用は相互に補完しあう関係にあると考えられる。過去に実用化された内航帆船の愛徳丸のケースでは、馬力削減が50%を超える日もあった。このようなケースでは、主機の方は低負荷運転となる為、変動する風力を補助動力として使うには電気推進(ディーゼル+電池)船の方が向いていると思われる。

     

    5.まとめ

    別コラムで、現在の運航船でのロスを約1/3削減して小さなエネルギーで船の運航が出来る例を紹介した。

    そこに自然エネルギー利用も加えることで、さらにGHG削減の道を広げることが出来ると思われる。そこで最新の風力利用技術の紹介をした。

    自然エネルギーは風以外には波力、太陽光などあるが、いずれも現時点ではそれだけで大型船の推進を賄うには不十分である。だが、船がGHG削減に貢献する為には2割3割の削減も重要であり、脱炭素の切り札である自然エネルギーの利用、特に風力利用が有望である。

    現行船のまず無駄遣いを止め、自然エネルギーを利用すれば、現在の運航船が使っている半分のエネルギーで貨物輸送できる見込みが有るものと考えている。

    そこから、水素エネルギー、アンモニアなどの究極のGHGフリーの燃料利用をさらに進める事になればと考えている。

     

     

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